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第8回北海道淡水魚保護フォーラム

物質循環から見た森と川のつながり

長坂 晶子(北海道立林業試験場)

長坂晶子(Akiko Nagasaka)
福島県福島市出身。1995年北海道大学大学院農学研究科博士後期課程中退,同年北海道立林業試験場の研究職員として採用。3-4年で異動を繰り返し,2006年4月からは森林情報室資源解析科。要請があればどんな研究テーマでも取り組んできたつもりだが,やっぱり川の研究が一番面白い(血が騒ぐ)。小中高通じて美術と音楽が一番好きだった。観る・聴くだけでなく,描く・弾くのも好き。現在の仕事との関係は?と聞かれると困ってしますノ。 この10年ほどの間に川の自然環境保全に対する認識が高まり,生息空間を復元したり河畔に樹木を植栽したりといった,川の自然再生の取り組みが各地で実施されるようになってきた。川は源流域から河口域まで,その水の流れによって連続している。個別の「場」の取り組みから一歩進めるために,本シンポジウムでは,「森川海のつながりと物質循環」という視点から,川の自然再生について考えてみたい。

 


 川幅が狭く,森林に覆われた源流域では日光による一次生産が抑制されるため,渓流生態系は渓畔林から供給される有機物(落葉,枝,幹,虫など)にほとんどの餌資源を依存する。有機物は水生生物による利用と分解を繰り返し質的にも向上してゆくが,この一連のプロセスを渓流生態系における腐食連鎖網といい,渓流魚を頂点とする渓流の食物連鎖を支えている。また,河床にはこれらの有機物が大量に貯留されている。渓流内における有機物の滞留時間が長いほど,より分解が進み細粒化された有機物を沿岸域に供給することにもつながるため,源流域における貯留機能の高さは河口域の生き物にとっても重要である。

 森川海のつながりは,森から海へ物質が供給されることのみに留まらず,サケ・マスなど遡河(そか)性魚類の遡上によって海から森へエネルギーが還流されるシステムも存在する。1990年代以降に進んだ北米での研究によれば,産卵後のサケ(マス)の死体が,直接的には水生昆虫や哺乳動物,鳥類の餌となり,間接的には溶存態として河川中の藻類に取り込まれるなどして渓流生態系に大きな影響を及ぼすとともに,養分として陸上植物にまで利用されることが明らかにされている。わが国でも北日本を中心に,サケは重要な水産資源として認識されているが,近代にはいって人工孵化放流技術が確立されるにつれ,サケと川-森のつながりに対する意識は薄れてしまった。しかし日本でも北米と同様に,その遡上によるエネルギー環流のメカニズムは存在し,北海道(および北方領土)において河畔性樹木の葉の_15N値を分析したところ,非遡上河川のものが-3~-1艪フ値をとるのに対し,サケ遡上河川では+0.5~+4艪フ値をとり,サケによる河畔林への養分添加が環太平洋地域で共通して見られる現象であることがわかった。

 陸上(河畔)にサケ死体が運搬される経路としては,(1)出水氾濫により河畔に運び上げられる,(2)死体から溶け出した養分が流下,あるいは間隙水圧帯を経由して河畔植生の根から吸収される,(3)クマその他の動物により運搬されたり,食べられて糞として出されたりする,といったことが挙げられる。河川は上流に向かうにしたがい,川幅が狭くなり流量も少なくなるので,サケマスが上流にまで遡上できるということは,より陸上生態系に還元されやすくなることを意味していると考えられる。

 従来の研究では,河畔林,すなわち森の存在がサケマスの生息場所を好適な環境に保つことが示されてきた。それに加えて,海-川-森へと還元される物質の流れが,森を豊かにする可能性があることが明らかにされつつあり,サケマスと森との関係は流域の「物質循環」を象徴する関係と言うことができる。しかしその物質循環の場である河畔林帯は,とくに土地利用の進んだ中下流域で消失が顕著である。河畔林の分断・消失は,水温上昇や倒流木の減少に直結し,淡水魚をはじめとする水生生物の生息環境を大幅に悪化させる。河畔林は陸上生物にとっても移動経路や採餌場として重要な役割を果たしており,同様にその分断・消失は,河畔の栄養循環が損なわれることを意味する。流域全体の物質循環を維持するうえで河畔域は「鍵」となる地域である。とくに中下流域での河畔林再生には,周辺土地利用との調整が欠かせないものになると予想される。そのため,再生によって地域に還元される効果(経済的,生態学的といった様々な観点からの利益)を示すことのできる評価軸が必要になるだろう。