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第7回北海道淡水魚保護フォーラム

河畔林を巡る海と陸の間の物質循環

室田 武  (同志社大学大学院経済学研究科教授)
むろた たけし 1943年群馬県高崎市生まれ。

1967年3月京都大学理学部物理学科卒業(理学士), 1969年3月大阪大学大学院経済学研究科修士修了(経済学修士),1973年5月ミネソタ大学大学院経済学研究科博士課程博士論文提出資格取得,1973年8月イリノイ大学経済学部専任講師,1975年10月国学院大学経済学部専任講師,
1976年12月ミネソタ大学よりPh.D.(経済学博士)授与される,1978年4月一橋大学経済学部助教授,1987年4月同大学教授,1993年4月カナダ・ヨーク大学大学院環境学研究科客員研究員,1996年4月同志社大学大学院経済学研究科教授(現職),2003年10月王立スウェーデン科学アカデミー国際エコロジー経済学研究所客員研究員,2004年10月ロシア科学アカデミー地理学研究所経済地理部門(モスクワ)客員研究員

1. ひとつながりのものとしての陸域と水域

 陸域(特に森林)と水域とは、生物的にはひとつながりのものである。淡水魚は、陸域の植生や動物相が豊かであることによってよく生育する。北海道大学(旧)苫小牧演習林内での故・中野繁らによる河畔林に関する1990年代の実験で、そのことは科学的にも証明された。その後、世界の専門誌において、中野らの論文(Nakano et al. 1999)の引用件数はきわめて多い。
 この報告では、そうした知見に加え、淡水魚のみならず、(1)回游魚にとっても河畔林は重要であること、そして(2)溯河性回游魚の場合、その母川回帰は河畔林をはじめとする陸域生態系を豊かにする役割を果していること、を指摘する。


2. 万有引力の法則と水惑星・地球における物質循環

 万有引力の法則は、水惑星地球では地球重力として作用し、密度の大きいものほど、高地から低地へと移動する傾向がある。しかし、このことは、すべての物質が低地に集まることを意味しない。密度の小さい物質は、特に外的な力を加えなくとも上昇するわけであるから、その他、万有引力の法則に反しないさまざまな物理的力の作用、化学反応を通じて、地球ではさまざまな物質が、さまざまな経路を描きつつ、循環している。さらに、生物もまた、そうした物質循環の担い手である。
 生物は、自ら物質循環の一翼を担いつつ、他方でそうした物質循環から、自らの生存にとって必要不可欠な窒素、リンなどの栄養分を得ている。


3. 海の栄養分を陸域生態系に還元するサケ科魚類

 河畔林と淡水魚の関係を、拡大して考えると、陸域の森林全般と海の魚貝類、海陸間の回遊魚、淡水魚全体との関係に思い至る。その関係のうち、本報告では溯河性回游魚に注目する。
 溯河性回游魚のうち特に太平洋サケと大西洋サケは魚体も大きく、物質循環の視点からは、それらの淡水域への回帰は、海起源の栄養分(marine-derived nutrients; MDN)の陸域生態系への還元を意味する。すなわち、海で成魚となるサケの溯上により、河川流域の哺乳動物、鳥類、昆虫類などにMDNが供給される。この点は、カナダや米国で1980年代から急速に進んできた研究により明らかである。
 そればかりか、河畔林の葉についてもMDNの徴候である窒素14の濃集を確認した研究報告が増えている。さらに、カナダ・ヴィクトリア大学のライムヘンの研究では、川に近い巨木にもそれが見られると報告している。まさにサケが陸上の森林を育てる上で少なからぬ役割を果してきたのである。
 その一方、サケの繁殖行動後の死体(ホッチャレ)を、死亡現場近くに引き止めておく上で、水面への倒木類が役立っていることも知られるようになっており、この場合、河畔林がMDNの川の流域への確保にとって重要であるといえる。

4. 魚付き林の現代版-木を植えて魚を増やそうとする運動

 日本においては、江戸時代に魚付き林の概念が生れた。地域によって、網代、網代山などともいう。これは、海岸近くに豊かな森林植生があると、そうして海岸には魚が集まる傾向があるという経験知を言葉にしたもので、漁民の間に魚付き林を大切にしようという意識が生れ、明治期の森林法も、保安林の一つとして魚付き林の保全が定め、現行の森林法もこれを引き継いでいる。しかし、昭和期に入るころから遠洋漁業が盛んになるにつれ、漁村の現場では魚付き林の面積は減っていった。
 魚付き林が実際に海産物を豊富にする役割を果し得るのかどうかについて、科学的に証明がなされたわけではない。とはいえ、戦後の襟裳岬においては、植生を失って荒れ果てた海岸近くの海においてコンブが取れなくなったことへの対応策として、困難な中、海岸部での植林により、コンブがよみがえった事例がある。
 200海里時代になると、沿岸漁業を重視せざるを得なくなり、海岸の荒廃を憂える人々が現れるようになった。北海道指導漁連の柳沼武彦氏はその一人で、漁協婦人部に呼びかけて「木を植えてお魚を増やす運動」が始まった。北海道に端を発するこの運動はいまや日本全国に広まっている。
 これに関し、私自身は、若手研究者との共同で、野付漁協(別海町)による「漁民の森」の試みの調査をさせていただいており、コモンズ論の視点から同漁協と首都圏消費者との提携関係にも注目している。

「北海道・淡水魚保護フォーラム No.7
 「命の回廊(コリドー)としての川を取り戻す」(2006年9月23日、函館市) 講演要旨

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