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第7回北海道淡水魚保護フォーラム


川や湖の自然と共存する社会システムの構築
-霞ヶ浦アサザプロジェクトの実践から-

飯島 博 (アサザ基金代表理事)
いいじま ひろし   長野県出身 1956年生 茨城県在住
肩書:特定非営利活動法人アサザ基金代表理事
    わたらせ未来基金代表世話人・ヒシクイ保護基金代表など

中学生時代に水俣病などの公害事件を知り、自然と人間の共存について考え始める。1995年から湖と森と人を結ぶ霞ヶ浦再生事業「アサザプロジェクト」を推進し、現在までに参加者は延べ11万人を越えている。この取組は「市民型公共事業」と呼ばれ、地域の産業や教育に環境保全機能を組み込むことで新たな循環型社会システムを構築し、100年後には、「トキ」の舞う霞ヶ浦を目指している。NPOは社会のホルモンであると位置づけるなど、独創的な思考に基づくその取組は、大学や経済界でも研究テーマに取り上げられるなど、日本のNPOの先駆的な役割を果たしている。

主著等:
「よみがえれアサザ咲く水辺」(文一総合出版)
「自然再生事業」(築地書館)
「水をめぐる人と自然」(有斐閣選書)
「絶望に効く薬」(小学館)  ほか多数

1. 霞ヶ浦の抱える問題とアサザ基金の取り組み

 霞ヶ浦は日本で2番目に大きな湖で、湖面積は220平方キロメートル、流域面積はその約十倍にもなります。首都圏に位置する霞ヶ浦は、水質の汚濁や漁業の衰退、森林の減少、人口の増加などの問題を抱えています。工業化や都市化に応じた水資源の大規模な開発により、湖岸はコンクリートで固められ、水門が閉鎖にされたことで海との連続性が絶たれたのです。森林やため池などの身近な水源が失われつつあり、流入する水質も悪化。これまで、行政は個別の施策や事業を行ってきましたが、抜本的な改善には至っていません。アサザ基金は、このように多様な問題を抱える広大な地域を対象とし、行政と全く異なる独自の戦略による環境保全と地域振興を展開しています。また、わたしたちはアジア的発想に基づく独自の取り組みをとおして、自然保護と地域活性化を同時に実現しようとしています。
 1995年に始まったこの「アサザプロジェクト」は、湖岸植生帯の復元、水源の山林や水田の保全、外来魚駆除、放棄水田を生かした水質浄化などを、大学や企業の先端研究、地域振興、環境教育と一体化しながら流域全体で展開しています。この事業は「市民型公共事業」と呼ばれており、現在までにのべ11万人をこえる市民、農林水産業、学校、企業、行政などの多様な主体が参加し、生物多様性の保全を通じて健全な水循環や生態系の物質循環を達成していくための新たな社会システムの構築が進められています。


2. アサザプロジェクトは湖岸植生帯の復元から始まりました
  ~誰もができることを提案~


 アサザプロジェクトは、コンクリート護岸で破壊された湖岸植生帯を回復することから始まりました。当初は浮葉植物アサザをはじめとした在来水草を小学生や市民が育て、植え戻す取り組みを行いました。この取り組みには高価な施設も多大な費用も必要としない、人の「手」で実施可能な公共事業であると同時に、人々が湖に直接触れて理解する重要な環境学習の機会となっています。例えば113校の小学校にビオトープ池を設置して在来の水草を育てることが、本来の湖の自然を体験理解したり、学区内から集まってくる生物を調べたりする環境教育の場となっているのです。水草が根付くのを助けるため、私たちNPOが流域の木材(粗朶)を使った消波施設を提案し、これが国の公共事業として採用されました。アサザ基金が流域の林業関係者と国の調整役になることで、荒廃が進んでいる森林の管理と湖での自然再生とが同時に実施する仕組みができたのです。これにより、水源林の保全(30ヶ所、約34ha)と林業の活性化、新たな雇用の創出(最大年間5千人・日)などの効果が生まれています。さらに、木材(粗朶)を使った消波施設は魚礁となり、水産資源の保護育成にも役立っています。なお、この土木技術は日本の伝統技術を基にしており、古来、自然と共生してきた日本人の知恵を結集したものといえます。
 このほかにも、農業用ため池の復元、農家との連携による休耕田を活用した水質浄化、地元の酒造会社と連携した水源地保全のための地酒づくり、地方自治体と連携した流入河川の環境改善などを行っています。このように、本来つながっているはずの湖、川、水田、森林等に対して行政がばらばらに行っていた公共事業をNPOが相互に連携させることで、事業の効率化と新たな事業展開を実現しています。


3. 広域ネットワークで広がるアサザプロジェクト
  ~中心に組織を持たず「協働の場」を提供する住民参加から行政参加へ~

 アサザプロジェクトには、中心となる組織が存在しません。中心にあるのは「協働の場」であり、緩やかなネットワークを通じて各主体が自らの目的を達成することで、環境保全が内部目的化される仕組みになっています。各主体は、環境保全を義務や規制とみなすのではなく、自らの事業を活性化するものとして積極的に取り入れるようになっています。このような「協働の場」「マーケティングの場」のコーディネーターを行うのがNPOの役割です。
 そのためには従来のピラミッド型社会の発想である「住民参加」からネットワーク型社会の発想である「行政参加」(専門分化した組織を中心に据えず、ネットワークの中に適材適所配置して機能させる)へと転換していく必要があります。アサザプロジェクトはそのような発想の転換(ピラミッド型からネットワーク型へ)を社会のあらゆる分野に対して促す取り組みでもあります。
 広域ネットワークの構築には、地域にある既存のネットワークを生かしていくことが不可欠です。例えば農林水産業のように地域の自然環境と産業を単位としたネットワークや小学校区のように地域コミュニティを単位としたネットワークもあります。アサザプロジェクトでは、流域の9割を越える170の小学校が参加して、国が行う霞ヶ浦での自然再生事業に必要な在来水草の育成や植え付け作業、お年寄りと共に行う昔の環境調査(自然の復元目標の設定)、流域全域での生物モニタリング(インターネットで全小学校が連携・流域管理システム)等の活動を、地域住民も参加する総合学習の一環として行っています。つまり、異なるネットワーク同士がうまく連携しているのです。また、この一連の事業は東京大学保全生態学研究室などの最先端の知見に支えられていると同時に研究のフィールド(実物大の社会モデル)としても活用されています。このように協働の場を共有することで、異なる組織による環境保全、教育・人材育成、科学研究、地域振興が一体となった活動が可能になりました。


4. 協働が生み出す新たな取り組み

(1)<流域管理に向けた企業との共同開発>
  ~渡り鳥が運ぶ自然と平和のメッセージ~
 霞ヶ浦をはじめ全国の湖沼や河川では流域管理システムの構築が重要な課題となっています。しかし、行政の縦割りが事業の広域展開や総合化の障壁となって、実現が困難な状況にあります。アサザプロジェクトでは、この流域管理システムの構築を地域コミュニティのネットワーク化によって実現しようとしています。
 2003年からはNEC(日本電気株式会社)が開発した太陽電池で駆動し環境情報(温湿度や画像等)を無線で送ることのできるセンサーネットワークシステム(アドホック・マルチホップ通信技術)を使い霞ヶ浦流域の環境情報を日常的に収集するシステムを共同開発しています。流域の各学校を中心にカエルの移動を想定した形で、学区内のハビタットにセンサーを設置していく総合学習を行い、学区内で子ども達が集めた生物観察記録や環境情報をITを使って日常的に流域全域の学校ネットワークで共有する試みです。これが実現すれば、流域という空間的広がりと日常という時間的連続性を持ったこれまでにない質と量の環境データを収集できます。自然再生事業には、地域住民の理解と参加、日常的な環境監視やきめ細かな管理等の継続が不可欠ですが、この取り組みはアサザプロジェクトが目標とするトキやコウノトリなどの野生復帰に必要な地域ぐるみの受け皿作りとなります。
 この環境教育プログラムを流域から全国に、さらに海外へと、渡り鳥等の生物の移動ルート上の学校同士の連携に発展させるため、「生き物の道・地球儀プロジェクト」を立ち上げました。2005年に開催された「愛・地球博」ではインターネット上にホームページを公開しました。地域コミュニティー(学区)を基本単位にした、国境を越えた環境保全と平和の為のグローバルなネットワークを構築していきたいと考えています。

(2)<市町村との協働事業>
  ~人と河童が出会うまちづくり~

 現代社会は人と人、人と自然、自然と自然のネットワークが分断された結果、様々な社会問題が起きています。わたしたちは環境問題もそのひとつとして捉えています。現代のまちづくりには、これらの結びなおしが求められており、その結びなおしに総合学習が大きな役割を果たします。
 牛久市は、牛久沼水系の谷津頭と霞ヶ浦水系(小野川)の谷津頭が台地に接し、二つの水系による「水の道で覆われたまち」です。谷津の入口には必ず古い集落があり、人々は水源地である谷津田を基盤に地域づくりを行ってきました。
 アサザ基金は牛久市内全小中学校を対象に「人と河童が出会うまちづくり」を提案し、2004年4月から牛久市教育委員会と協働で年間を通じて長期・短期・単発の総合学習プランを提供し、様々な立場から地域を見直すことで地域の可能性を再発見し、人と人、人と地域のネットワークを結びなおす取り組みを進めてきました。子供達の学習意欲や感性を原動力に地域を結び付けてゆくその過程で、福祉・治安・防災といったコミュニティ本来の機能が再生し、自立したコミュニティが築かれてゆくことを目指します。環境保全の仕組みを自己完結した形ではなく、まちづくりの中にしっかりと位置付けようという取り組みです。
わたしたちは総合学習を、子どもと大人の協働が創る新たな学習の場と捉えています。子どもの感性(全体認識など)と大人の知性(分析評価など)が協働することで新しい社会を創ることができると考えるからです。このように、子どもたちの総合学習の成果を活かしたまちづくりに向けた取り組みは潮来市などの他の市町村でも始まっています。

(3)<森と湖と農と人を結ぶ環境パートナーシップ・プロジェクト>
  ~外来魚駆除と有機農業の連携による水質浄化システムの事業化~

 霞ヶ浦では外来種対策が重要な課題となっています。アサザ基金は2004年10月に霞ヶ浦流域の「農事法人ギルド」「NPO法人エコタウンほこた」と環境パートナーシップ協定書を締結し、外来魚駆除と有機農業の連携による水質改善事業を開始しました。具体的には、水揚げされた外来魚を業者から買い上げ、この外来魚を魚粉にして有機農業に活用し、有機農産物の流通を図り、それを消費者が購入する仕組みです。これにより、富栄養化の原因になっているリン、窒素を効率よく湖から除去して水質汚濁や外来魚増加という困難な問題を、NPO独自の発想を生かした現実的な提案とモデル事業の具体化によって、補助金などの公的な支出に頼らずに解決へ導く糸口になると考えています。
 
(4)<衛星画像を活用した総合学習プログラムによる霞ヶ浦流域管理システムの構築>
  ~宇宙から流域を見つめよう!~

 水質汚濁が問題化している霞ヶ浦を考える際、流入負荷(マイナス要因)に目がいきがちですが、湖の環境を支える流域全体の水源地の水田(プラス要因)としての機能の健全度については、忘れられがちです。
 大河川の流入が見られない霞ヶ浦を支える「水源」は、流域に無数に存在する「谷津田」です。にもかかわらず、その「谷津田」では、近年、耕作放棄が目立ち、水質保全や治水に対する悪影響が懸念されています。ところが、「谷津田」の一つ一つを抽出し、水源地としての「質(水循環の健全性や連続性)」とその変化を把握することは困難です。それには、流域の全体像を人々に示し、水源地(水田やため池、森林)保全への理解を深め、霞ヶ浦の水質保全に向けた行動を促すことが必要です。人々のとる行動の一つ一つが、未だ構築されていない流域管理システム(「水源」の全体像を把握するシステム)を具体化につながると考えます。
 アサザ基金は(財)リモート・センシング技術センター、牛久市教育委員会と協働で流域全体を面として捉え、マイナス要因(流入負荷)の削減でなく、プラス要因(水源地の質)を保全・再生してゆく手法の開発を行います。牛久市内の谷津田をモデル地区として、生態系現況調査と連携させた学習プログラムを実施していますが、今後流域全体に広げる計画です。現在は衛星画像から湧水のある谷津田の地点を抽出し、小中学生が実際に現地を調べて、データ(アカガエルの産卵など)を集める作業を行っています。地域コミュニティの機能を生かした新しい衛星利用の可能性を提案しています。

(5)<アジア発の自然保護・環境保全戦略>
 アサザプロジェクトをモデルにした取り組みは、秋田県の八郎湖や滋賀県の琵琶湖などの全国各地で始まっています。また、海外からの視察も多く、地域コミュニティを活かした日本的自然観に根ざしたアジア発の自然保護・環境保全モデルとして関心を集めています。わたしたちは欧米型の自然保護戦略とは異なるアジア的発想に基づく独自の取り組みをとおして、自然保護と地域活性化を同時に実現しようとしています。


5. 21世紀は「人格を持った技術」が社会を変える
  ~トキの舞う霞ヶ浦を夢見て~


 20世紀は人間が力ずくで自然や社会をコントロールしようとして、多くの自然破壊や公害、貧困や紛争を引き起こしてきた時代でした。アサザプロジェクトでは、自然の回復にも社会の変革にも、力ずくの手法をとりません。既存の社会システムに環境保全機能を組み込むことによって面的な展開を促し、既存の組織に対して、環境保全の軸から新たな価値を見出し、結果として社会全体にゆるやかで深い変革をもたらすのです。
 アサザプロジェクトは100年の長期計画で、10年ごとの達成目標を具体的な野生生物の名を掲げ、その生物が生息できる環境を取り戻すことを軸として設定しています。それぞれの生物は湖と流域に再生する環境要素とそのために必要な施策を総合化するものとして示しています。
 100年後の目標、つまりゴールは日本の近代化100年の中で野生絶滅させられたトキです。この活動を通じて、100年前の足尾鉱毒事件(日本の公害事件の原点)、水俣病の公害事件の中で、人々が必死になって闘い守ろうとしたもの、取り返そうとしたものを、トキの舞う風景の中で形にしていきたいのです。
 アサザプロジェクトの戦略は、これまでの行政主導による事業の進め方(ピラミッド型)とはまったく異なります。地域に元々あった産業や教育といった広がりをもつ社会システムに環境保全機能を組み込むことで、水循環や生態系の物質循環を意識した人やモノやお金の動きを作り出し(マーケティング・ビジネスモデル)、地域に則した循環型社会を構築していくことで、湖と流域全体を対象とした事業が展開できています。
 また、中心を持った組織ではなく、協働の場(アサザプロジェクト)をもった緩やかなネットワークを構築していることも特徴です。これにより、ネットワークに参加した各主体が、それぞれの組織の目的を達成することが同時に他者にとってもプラスになり、環境の保全と地域振興の両立が持続的に可能となるのです。
 これらの広域かつ総合的なプロジェクトの実施は、従来の組織では不可能なものでしたが、生活者の視点を持ったNPOという新たな主体が社会に登場したことによって初めて実現したのです。
 また、このような事業を支えているのは伝統的な技術観、つまり「人格を持った技術」です。それは短期的な効率性だけに目をうばわれるのではなく、技術が及ぼす自然的・社会的影響への想像力を備えた技術なのです。アサザプロジェクトで伝統技術を重視する理由もここにあります。アサザプロジェクトでは、地元の伝統技術や江戸時代に各地で書かれた「農書」などを参考にしました。
 アサザプロジェクトは、科学や技術のあり方にも変革を促しながら、新たな社会システムの構築を通じて21世紀にふさわしい「生き方」をうみ出していく、市民の提案による創造的な取り組みであり、それを全国に広めていきたいと考えています。さらに、地域にある既存の社会システムや地域コミュニティを生かし、地域の人材や組織、資源、技術、産業、教育を活用して環境保全と両立した地域振興を進めるこのようなアジア的発想は、発展途上国においても容易に導入可能であり、今後は環境教育を軸にネットワークを拡げ国際社会への貢献も視野に入れた活動を行っていきます。

北海道・淡水魚保護フォーラム No.7
 「命の回廊(コリドー)としての川を取り戻す」(2006年9月23日、函館市) 講演要旨

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