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第5回北海道淡水魚保護フォーラム

針生 勤 (はりう つとむ)
 釧路市立博物館館長補佐

1. はじめに
 イトウHucho perryiは、環境省および北海道のレッドデータブックではそれぞれ絶滅危惧IB、絶滅危機種として掲載されている。釧路川水系のイトウについては、繁殖可能な親魚が20個体程度ではないかと指摘されており、危機的な状況にある。実際、本水系で繁殖が確認されているのは、ある一河川のみで、しかも2003年に確認した産卵床は15箇所にすぎない。この河川は、上流部は山間部にあるが、中流部、特に産卵場所になっている区域は周囲が放牧地である。ただ、河川の流域に沿って河畔林がよく残存されており、河川形状も蛇行が維持されている自然河川である。これまで、釧路川水系のイトウについては、山代昭三氏がイトウの人工孵化に成功し、保護増殖の面では先駆的な仕事がある。また、民間の団体がイトウの幼魚を放流し、保護に努めてきた経緯がある。しかし、自然環境下での産卵や行動の生態はほとんど明らかにされてこなかった。最近、ようやく繁殖生態の一部が明らかになったので報告する。また、イトウの減少原因を論議するとともに、今後の保護のあり方を検討する。

2.産卵環境
 産卵期は4月上旬から中旬にかけてで、これは道央の空知川水系や道北の猿払川水系と比べると、半月から1ヶ月ほど産卵期が早い。2003年の調査では約3kmの区間に産卵床が15箇所確認され、しかも、調査区間の下流部に産卵床が集中する。産卵床の規模は図1に示すように、V字型の掘跡を含めた全長が大形のもので520cm(礫床の長さ430cm)、小形のもので220cm(礫床の長さ140cm)であった。礫床の幅は大形のもので230cm、小形のもので80cmであった。また、V字型掘跡の長さは60~120cmの範囲、礫床の高さは10~36cmの範囲であった。このように、規模においては様々な形状をしており、一定ではない。
 それぞれの産卵床の全長、礫床の長さ、礫床の幅、掘跡の長さおよび礫床の高さが、それぞれに関連があるかどうかを統計的に分析したところ、ほとんどの項目で有意差が認められた。すなわち、礫床が大規模であればあるほど、掘跡が長くしかも深くなり、産卵床全体が平面的にも垂直的にも大規模になる(図2)。
 産卵に必要な重要な条件のひとつは小石礫が存在することである。産卵床の造成に使われている礫の特徴を把握するために、その表層に広がる50×50cmの方形区2ヶ所の礫の大きさを測定した。今回は産卵床そのものではなく、外観のみの礫の特徴を把握することとした。それぞれの産卵床における礫のサイズ別の個数と割合をみると、径10~19mmの礫が62.4~89.9%、20~29mmが5.7~20.1%、30~39mmが2.6~10.2%、40~49mmが1.1~4.1%、50~63mmが0.5~2.7%および64mm以上が0.1~1.7%の割合でそれぞれ構成された。図3から分かるように、産卵床を構成する礫の大きさは外観的にはどの産卵床もほぼ均質であり、3cm以上の中礫や大礫が必ず存在していることが分かった。しかも、実際に川の底質を観察していると、2cm以下の小石礫のみでは産卵床が造成されていなかった。従って、3cm前後より大きい礫の存在が、産卵床造成にたいへん重要である。また、産卵床付近には身を隠す場所が必ず存在することも、産卵床造成の条件のひとつである。こうした条件が、ある区間に産卵床が集中する結果になっているものと考えられる。
産卵期の水温は2003年の場合、1時間ごとの連続測定記録でみると、産卵期である4月上・中旬の水温は平均2~4℃で、高温でもせいぜい5℃までであった(図4)。これは石狩川上流域の平均水温6~7℃よりかなり低い水温帯である。

3.卵および稚魚の発育・生息環境
 発眼は5月上旬から始まり、また孵化は5月下旬から6月上旬にかけてである(図5)。また、稚魚の浮上は6月下旬から7月上旬にかけてで、浮上直後の稚魚は流れのたいへん緩い、しかも水深の浅い岸辺近くに生息している。この浮上期は空知川水系よりも1ヶ月早い。浮上した稚魚は下流域に流下分散していくが、これ以降の行動や生態については本水系では、まだ明らかになっていない。
 産卵期である4月上旬から、浮上仔魚が分散するまでの8月中旬の水温環境をみると、卵の孵化期である5月下旬から6月上旬にかけて、平均11℃まで水温が急激に上昇する。それ以降は8月上旬に14~16℃の高温日があるものの、全体的には9~12℃の水温範囲にあり、平均13℃以下である。このように、産卵期から孵化期までは一気に高温になるものの、それ以降の仔魚の浮上期あるいは分散期においては平均13℃以下の低水温を維持している。また、2003年4月8日から2004年5月4日までの1年間の水温および気温の連続の測定記録(図6図7)から、気温は大きく変動しているものの、水温はかなり安定した環境にある。こうした安定した水温環境を維持しているのは、河畔林の存在や河川流域の各所から流れ込んでいる湧水が重要な役割を担っていると推測される。

4.イトウの捕獲記録から見た生息状況
 1988年7月9日に釧路市立博物館で開催された「イトウ会議」において、釧路川水系で釣り上げられたイトウの貴重な記録が提出された(本要旨集の添付資料を参照)。この資料から当時のイトウの生息状況が読み取れる。16年間に計268尾の釣果があった。総数をみると、1981年を境に急激に釣果が落ち込み、1984年および1985年にはわずかに4尾の釣果にすぎなかった。このように、1980年代から急激に減少していることが分かる。1988年以降釣り情報はほとんどないが、1m以上のイトウの捕獲記録として、1988~1995年の8年間において2例の新聞報道があった。最近では、2003年に2例、本年2004年に1例の1m級の釣り情報が寄せられた。こうした捕獲記録から分かるように、釧路川水系におけるイトウの生息状況はかなり悪化している。

5.釧路川流域の土地利用の変遷および釧路川水系の河川改修状況
 本要旨集に添付した資料にあるように、1955~1977年の期間に釧路川流域では道営および国営の土地改良関連の事業が本格化し、近年で最も大規模な改変が行われた。釧路川水系の主要河川の流域では改変がこの期間に集中し、自然林が伐採されて牧草地に改変された。また、河川改修事業は1970年代に本格化し、1980年代にかけて釧路川本流をはじめ、オソベツ川、ヌマオロ川、コッタロ川、久著呂川、オンネナイ川、雪裡川、幌呂川の大規模な改修があり、河川の直線化が行われた。
 このように、釧路川流域の土地の大規模な改変および河川改修の直後に、イトウの捕獲数が激減している。釣り人口の増加による乱獲もイトウ減少の原因のひとつであるが、それ以上に河川改修事業によるイトウの産卵環境や稚魚の生息環境の消失が、本種個体群の危機的な状況を招いたものと考えられる。

6.おわりに
 イトウは生息場所としての釧路湿原や釧路川本流だけでなく、産卵場所や稚魚の生息場所として湿原周辺や流域に存在する河川など、釧路川水系全体の広大な場所を必要とする種であるから、イトウを保護するための調査研究は、本種に限らず他の魚類の保護に繋がるものである。たとえば、釧路川水系には38種の魚類が生息しているが、日本では北海道にのみ分布する純淡水魚のフクドジョウは湿原内よりも、湿原周辺の丘陵地を流れる河川に広く生息し、その個体群は比較的安定している。一方、やはり日本では北海道にのみ分布する純淡水魚のヤチウグイ(準絶滅危惧種)およびエゾホトケドジョウ(絶滅危惧II 類)は釧路川水系の下流域に生息し、それほど大きな個体群ではない上に、これらの生息地は河川改修や埋め立てなどにより減少傾向にある。特に、エゾホトケドジョウは住宅建設あるいは農業整備に伴ってできた排水溝や用水路にも生息しており、こうした人工的環境の動向にも注意を払っていかなければならない。また、二次的純淡水魚であるエゾトミヨは釧路湿原においては周辺の丘陵地を含む湿原内全域に広く生息し、比較的安定した個体群を維持しているが、釧路地方以外では減少しており、準絶滅危惧種として掲載されている。
 釧路湿原におけるイトウの産卵環境や稚魚の生息環境については、十分明らかになったとは言えないが、前述の産卵環境や浮上稚魚の生息環境等あるいは他の知見を総合すると、小石礫の存在、産卵親魚の隠れ場所の存在、浮上直後の稚魚の生息場所、河畔林や湧水の存在等が、本種の繁殖に必要な条件と考えられる。釧路湿原のイトウの復活に向けて、現在確認されている産卵河川を保全することが、今後の最も重要な課題である。そのような視点から、本種の産卵環境や稚魚の生態と生息環境の詳細な調査研究により定量化ができれば、釧路湿原におけるイトウ個体群の適切な評価が可能となる。こうした評価により流域の土地の改変があった現在での、繁殖に必要な条件が明らかになり、他の河川でのイトウの回復の指標となるものと考えられる。

「北海道・淡水魚保護フォーラム No.5
 「川の環境と魚の豊かさ」 (2004年7月11日、釧路市) 講演要旨
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