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第4回北海道淡水魚保護フォーラム

砂防ダムや外来種が在来種に及ぼす影響
最近の事例

森田 健太郎 (もりた けんたろう)
 東京大学海洋研究所

 砂防ダムを目にする機会は少なくないだろう。人間にとって砂防ダムはさほど気にならない存在であるが、そこに生息する魚類などの生物、とくに川と海を行き来しながら生活するサケ科魚類にとって、生息地を分断する砂防ダムはたいへん迷惑な存在なのである。また、外来種も、在来種にとっては迷惑な存在にかわりない。近年、北海道で分布を拡大している外来種は、ニジマスとブラウンマスである。これら2種は、国際自然保護連合IUCNによって、生態系へのインパクトが特に大きい種(100 of the world's worst invasive alien species)として認定されており、その管理には特に注意を払うべきである。さらに、日本を含む183ヶ国が締約している生物多様性条約においても、「生態系、生息地若しくは種を脅かす外来種の導入を防止し又はそのような外来種を制御し若しくは撲滅すること」という義務が記されている。ここでは、砂防ダムや外来種が在来種に及ぼす影響について幾つか紹介したい。

1.砂防ダムが在来種に及ぼす影響

 砂防ダムが設置されると、まず、その上流域では回遊魚が姿を消すため、種数が著しく減少する。これは、北海道の淡水魚のおよそ80%が川と海を往来する回遊魚であるため、川だけでは生きていくことができない種が多いのが大きな理由である。北海道に生息するアメマスの場合、回遊する降海型と回遊しない残留型の2タイプが存在するが、砂防ダム上流では、当然、残留型だけしか棲めなくなる。砂防ダム上流から海へ下る個体は、通常の10分の1ほどまで少なくなっており、砂防ダム上流では、ただ単に降海型が戻って来られないだけではなく、海へ下る性質自体が失われたと言える。また、砂防ダム上流で棲めなくなるのは、魚だけとは限らない。例えば、カワシンジュガイは幼生時にアメマスやヤマメなどサケ科魚類のえらやひれに寄生し、これらとともに移動する。そのため、宿主のサケ科魚類が姿を消すと、カワシンジュガイも絶滅してしまう。カワシンジュガイの寿命は100年以上ともいわれており、ダム上流で完全に人の目につかなくなるにはかなりの年月がかかるであろうが、その影響は着実に広がっている。このように砂防ダムの設置で在来種が姿を消す中、ダム上流で増える種がいる。増えているのはニジマスやブラウンマスといった外来種である。回遊魚の絶滅により在来種が減少することや、本来の生息環境が変化することで、外来種の侵入を促進している可能性がある。
 砂防ダムの影響を受けるのは回遊魚だけではない。海へ回遊しない魚にとっても、砂防ダムは個体群の生息地を狭め、さらには各個体群を完全に孤立させてしまう。このような孤立化は、個体群サイズの縮小、すなわち集団の個体数が少なくなるという深刻な影響をもたらす。個体数が少なくなると、偶然性や遺伝的な問題で絶滅リスクが高まるだろう。砂防ダムにより孤立化されたアメマスについてコンピュータシミュレーションを行ったところ、少なくとも成魚が250尾以上すめる連続した空間が欠かせないという結果が得られている。さらに、シミュレーションの結果で興味深いのは、孤立化した個体群の絶滅が30年後から100年後の間に起こりやすいという点である(図1)。現在、日本にある砂防ダムは、そのほとんどが1970年以降に作られたものであり、ちょうど設置から30年ほど経った現在あたりから絶滅が顕在化してくるという深刻な結果なのである。また、砂防ダムによる孤立化が進んでいる個体群ほど、遺伝的多様性が減少しているというDNA解析の結果も得られている。砂防ダム上流の狭い空間に閉じ込められたアメマスでは、奇形頻度が増加したり、胸びれや腹びれが左右対称でない個体が増えたりするという結果も得られている。それでは、砂防ダムができるとアメマスがいなくなるというのは本当だろうか?道南の52の砂防ダム上流部におけるアメマスの生息状況を調査したところ、生息場所が狭く、砂防ダム建設後の隔離年数が長い17箇所でアメマスがいなかった(図2)。
 これまでの研究は、ダムの影響というと巨大な人造湖ができることによって流量や水温が下流域で変化するという環境変化に注目したものがほとんどであった。しかし、ここで紹介してきた砂防ダムの影響というのは、たとえ環境変化がまったくなかったとしても、ただ魚が移動できないというだけで生じるものである。いくら森が豊かで、原生の自然環境が残されていたとしても、その下流に魚の上れない小さなダムが1つあるかないか、つまり海への回廊が閉ざされているか否かが魚たちの運命を大きく左右するのである。実際、北海道には、そのような見かけは豊かな森に囲まれた川が多い。一見すると原生林が残っていて素晴らしい渓流に見えるのに、そこにいるべきアメマスやヤマメ達がいないのである。さらに、分断化の影響で非常に恐ろしいのは、遺伝的変化や絶滅といった悪影響がダム建設の直後ではなく、数十年後に顕在化してくるという点である。そういった意味では、砂防ダムは時限爆弾のようなものと言えるかも知れない。すでにスイッチが入ってしまった時限爆弾が爆発する前に、魚道の設置や不要なダムの撤去を早急に行うべきである。実際、アメリカではダム撤去が古くから行われているし、同じアジアの台湾でもサラマオマス(ヤマメの亜種)を守るために砂防ダムの撤去が行われようとしている。日本で砂防ダムを撤去するというのは現実的に困難であるかもしれないが、既存する膨大な数の砂防ダムに魚道を設置していくことは、自然再生型のすばらしい公共工事になりえるのではないだろうか?

2.外来種が在来種に及ぼす影響

 北海道では、ニジマス(アメリカ原産)とブラウンマス(ヨーロッパ原産)がここ30年で急速に分布を広げている。ニジマスとブラウンマスが在来魚に与える悪い影響としては、餌や生息場所をめぐる競争、産卵環境の重複、および在来種稚魚の捕食などが考えられるだろう。それでは、外来魚が侵入すると在来魚が減少するという証拠はあるのか?道南の戸切地川において、外来魚2種とアメマスの生息密度の関係を調べたところ、ブラウンマスやニジマスが多いところではアメマスが少ない傾向がはっきり見て取れる(図3)。今後、戸切地川からアメマスがいなくなるのか、それとも共存するのかは分からない。しかし、北海道の幾つかの河川では、ニジマスが再生産し、かつて生息した在来魚がいなくなった川もある。秘境と言われる知床半島の河川においてさえ、ニジマスのみが生息する場所がある。この他にも、道南の良留石川上流は、北海道では珍しい陸封型のサクラマス(大型ヤマメ)が生息する河川として古くから知られていたが、現在ではニジマスのみが高密度で生息しており、陸封型サクラマスはほとんど絶滅状態にある。このような外来種のみになってしまった河川は、北海道内において数箇所ある。
 現在のところ、北海道各地の河川には在来魚のアメマス、ヤマメ、オショロコマがごく普通に見られる。しかし、北海道にニジマスやブラウンマスが本格的に侵入してきたのはここ30年のことであり、長期的なスケールで考えると現在の状態が続くかどうかは分からない。例えば、ニュージーランドでは19世紀中盤からブラウンマスが精力的に放流され、さまざまな在来種に悪影響を与えてきた。なかでも、ニュージーランドに固有のサケ科魚類であるグレーリングは、かつてニュージーランド全域に生息していたが、1920年以降は全く見られなくなり、種が絶滅したものと考えられている。また、ブラウンマスで恐ろしいのは、人為的に放流されることなしに、海を伝って分布拡大することである(写真1)。南半球のフォークランド諸島では、ブラウンマスが海を伝って島中の河川に広まりつつあることが報告されている。さらに深刻なことに、ブラウンマスが侵入した河川からは、在来種であるゼブラマス(zebura trout)が絶滅しているのである。勿論、外来種の他にも環境改変という要因がこれらの在来種を絶滅に追いやっていることは言うまでもない。北海道は、今年度よりブラウンマス、カワマス、カムルチーの3魚種を内水面へ移殖することの禁止を決めた。しかし、北海道の在来生態系にもっとも影響を与えているかも知れないニジマスは含まれていない。確かに、ニジマスは遊漁や食用として重要であり、産業上は必要な種である。しかし、少なくともこれ以上新たな自然河川への放流は禁止にすべきではないだろうか?(このようなことを暗に認めているのは、私が知る限り世界中で北海道だけである!)最後にもう一つ言わせて頂きたい。現時点では、ニジマスやブラウンマスが在来種を駆逐していると科学的に証明できているとは言い難い。しかし、予防原理(precautionary principle)の考え方を知ってほしい。つまり、科学的に不確実だからという理由で、生態系破壊を防ぐ措置を先延ばしにしてはいけない。悠久の時をこえて作られてきた地域固有の生態系は、非常にかけがえのないものである。壊すのは簡単であるが、一度失われるとなかなか元にはもどらないという事を人間はそろそろ学ぶべきである。

「北海道・淡水魚保護フォーラム No.4
 「川の環境と魚の豊かさ」(2003年7月13日、旭川市大雪クリスタルホール) 講演要旨
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