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第4回北海道淡水魚保護フォーラム

石狩川における漁業の変遷と問題点
ヤツメウナギ資源を例に

熊谷 幸弘 (くまがや ゆきひろ)
 江別漁業協同組合


ヤツメウナギとは

 ヤツメウナギ(カワヤツメ)は、海で2~3年生活した後、全長40~50cmになり、産卵のため川をさかのぼります。そして、上中流域の砂れき(砂と小石)の川底に卵を産みます。石狩川では、5~6月に上ってその年の夏に産卵するものと、9~10月に上って翌春に産卵するものとがあります。ふ化した幼生は川底の砂泥の中で3~4年を過ごし、全長16~18cmになると親と同じ形に変態して、春に海に降ります。海では、吸盤状の口でサケ・マス類などの体表に吸い付いて、筋肉や赤血球を溶かして吸引します。
 漁獲物は生鮮で市場に出まわるほか、干しヤツメ、缶詰、燻製に加工されて、主に関西や北陸方面に出荷されます。ビタミンAの含有量が多く、医薬品の原料にもされています。鮮魚は、かば焼き、つけ焼き、みそ仕立てのなべなどで食べられます。



石狩川における、やつめ漁の歴史


 明治中期に新潟県の信濃川のやつめ漁をモデルにして、石狩川や尻別川で漁業が始まったといわれています。やつめ漁では、川に上った成魚を対象に「どう(筌)」という漁具が使われます。これは、本州産の茅をつり鐘形に編み、底にあたる部分を入り口にして「あげ」と呼ばれる漏斗状の返しを付けたものです。高さは約150cm、直径が約80cmで、入り口を下流に向けて川に入れます。どうの抵抗を受けて、水があげの付近で逆流するため、ヤツメウナギは吸い込まれるようにどう
の中に入ります。
 1970年代後半から、伝統的な「茅どう」に代わり、プラスチックや鉄製の枠に網を張った「網どう」も使われるようになりました。



漁獲量の経年変化

 ヤツメウナギの漁獲量は、昭和61年に石狩川全体で133トン、江別漁協で73トンの最高を記録した後、急速に減少し、最近は石狩川全体でも10トンに満たない量しかとれていません。


魚のすめる河川環境のあり方

 ヤツメウナギの資源は、なぜ減少したのでしょうか? 前述したように、ヤツメウナギは一生のうちで川と海とを行き来します。成魚は淡水域に入ってから産卵まで数か月を川で過ごします。産卵には砂や小石の川底が必要ですが、幼生が育つには砂泥の川底でなくてはなりません。砂泥は大きな川の下流に豊富にありますが、少なくとも幼生が育つには塩分を含む水が来ない場所でなくてはなりません。このように、ヤツメウナギは一生を通じ、実に多様な環境を必要とします。治水対策などのため、広く、浅く、流れが緩くなった石狩川。フォーラムでは、長年、川で漁を行ってきた漁業者の立場から、意見を述べたいと思います。


「北海道・淡水魚保護フォーラム No.4
 「川の環境と魚の豊かさ」(2003年7月13日、旭川市大雪クリスタルホール) 講演要旨
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