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第3回北海道淡水魚保護フォーラム

イトウは移植放流では護れない

川村 洋司

川村 洋司 (かわむら ひろし)
 
北海道立水産孵化場



見る影もない釧路湿原

 イトウは日本最大の淡水魚であるとともに、平成12年に作成された北海道版レッドリストにおいて最上位の絶滅危機種にランクされるサケ科の希少淡水魚ですが、かつては道東の釧路湿原や根釧原野を中心に、全道的に比較的大きな河川の中下流域や湿地帯の湖沼に多数生息していたと考えられています。しかし最近の調査によれば比較的まとまって安定した個体群を維持しているのは、道北の河川や石狩川水系の一部河川など僅かに6個体群となっており、そのうち3個体群が人工湖です。かつて分布の中心であった道東では、ほとんどの河川個体群がすでに絶滅ないし非常に危険な状態まで資源状況が悪化しており、かつてのメッカ釧路湿原は見る影もなく、一部で細々と再生産が行われているにすぎません。

 多数回産卵魚でサケ科魚類であるイトウは通常大きな河川の中下流域に生息しており、産卵のために小支流や本流の上流への遡上をたびたび繰り返します。しかしこうした地域は草地化や耕地化に最適な場所であることが多く、そこを流れる河川は治水・利水両面から開発の影響を受けやすいのです。ですから絶滅が心配される河川は何れも周辺一帯が広大な農地や草地になっており、河川改修による護岸や堰堤、頭首工の構築さらに農地からの土砂の流入によって、産卵環境や稚魚の生息環境の多くが失われています。

 日本のイトウを生態的に特徴付けているのは、このように大変に長寿で高度に多数回産卵魚であり、その生活史を通じて上流から下流までほとんど全河川流域を生活場所として利用しており、さらに成熟後は産卵のために何回も下流と上流を往復している淡水産サケ科魚類ということでしょう。逆に言えば長く生きて、何回も産卵しないと子孫を残せないと言うことであり、種を維持するために一続きの広い水界が必要であると言うことです。



イトウ保護に移植放流は逆効果

 近年の調査により、イトウにも他のサケマス類と同様産卵支流単位での母川回帰性が明らかになりました。つまり支流単位である程度独立した分集団を形成しているのです。ですから距離的にも離れた河川間となると、明らかに遺伝的に異なる集団として考えた方がよいでしょう。

 イトウの稚魚期の生息環境は他のさけます稚魚と比較して、知られている限り極めて特異です。浮上直後こそ浅い平瀬で定位している姿を多数見ることが出来ますが、1カ月もすると流れの脇の浅くてほとんど流れのないカバーの下に隠れて、その姿を見ることはほとんど出来なくなります。産卵河川にそのような環境の乏しい河川では下流に移動して幅1mたらずの落差のない細流に入り込んで生活し、決して瀬や淵の中央に出て餌をとることはありません。このようにイトウの稚魚では河川を平面的に利用できないせいか利用可能な生息環境に乏しく、この時期極めて生残率が低いと考えられています。しかもこのような稚魚期の生息環境の量や質、分布様式が生残に及ぼす影響によって、各河川個体群の生態的特徴が大きく左右されている可能性があるのです。

 母川回帰性により生態的多様性を持った独自の河川個体群が各河川で形成され、資源維持が図られていると考えると、移植放流による遺伝的攪乱は逆効果をもたらす危険性があり、長い生活史と要求される広大で多様な河川環境は、稚魚放流のみに頼った資源増殖が決して有効では無いことを示しています。

 オリジナル個体群を尊重し、その復活を河川環境の保護や復元とともに図ることが、イトウ資源を守り育てていく上で今最も必要です。


「北海道・淡水魚保護フォーラム No.3 「ちょっと待った!その移植放流」
(2002年7月6日、川湯観光ホテルコンベンションホール) 講演要旨
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