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第3回北海道淡水魚保護フォーラム

北海道淡水魚の生物多様性を考える

帰山 雅秀

帰山 雅秀 (かえりやま まさひで)
 
北海道東海大学


北海道における淡水魚と生物多様性

 なぜ生態系の保存が大切なのでしょう? この問題は前回のフォーラムの繰り返しになります。生物は長い時間の流れのなかで進化してきた歴史をもつ自然の遺産で、その集合体が生態系です。生物間の相互作用こそが、生物多様性をつくりだすもとになります。今日、ヒトは地球生態系のドミナントとして頂点に位置します。長い時間をかけて形成されてきた地球生態系が、ヒトの「一時」の活動によって著しい影響を受けています。北海道の自然もその例外ではありません。

 放流魚は、養殖場や孵化場で有り余る餌を与えられて高密度に飼育され放流されるため、野生魚に比べて大型で社会性に乏しいと言われています。放流魚は河川では野生魚より攻撃的で、他個体のなわばりへ平気で進入し摂餌行動をとり、野生魚を追い出します。一方、放流魚は過密飼育、ハンドリングおよび移植などにより免疫応答が弱くスモルト化が不十分で、自然環境への適応が野生魚に比べて劣るとも言われています。さらに、産卵回帰した放流魚は繁殖行動が苦手で、産卵場では明らかに野生魚よりも劣位に位置することも報告されています。

 このように、放流魚は生活史をとおして自然環境への適応が下手な上に、社会的関係が苦手で、野生魚により形成されていた生態系内の異種―同種共存機構に支障をきたすと見なされます。さて、このような放流魚は北海道に生息する野生魚にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。ここでは両者の関係を検討し、北海道の淡水魚のあるべき姿について考えてみたいと思います。



北海道におけるシロザケのバイオマス変動と人工孵化放流の歴史

 日本には、シロザケの優れた漁業規制と繁殖保護策がありました。新潟県村上市を流れる三面川では、1750年頃より「種川の制」によって野生シロザケが保護されていました。この種川の制はその後北日本全域に広まり広まり、北海道でも明治時代まで開拓使によって行われていました。その繁殖保護政策の結果、北海道におけるシロザケ野生魚の漁獲量は1889年に過去最高(1,100万尾)を記録しています。

 一方、欧州で開発され、米国で基本的技術が確立したサケ類の人工孵化放流技術は1876年に日本にはじめて紹介され、1888年、北海道の千歳に本格的なサケ孵化場が建設されました。この頃より、日本ではサケ類の増殖と繁殖の方法が自然繁殖保護法から人工孵化放流法へシフトし、日本独自の孵化技術が展開していくことになります。

 しかし、その後人工孵化放流が本格化し、稚魚の放流数が増加するにつれ、シロザケの漁獲量はむしろ減少し、1900-1960年代の長きにわたり、300-500万尾の低い水準で推移しました。この要因については、当時の孵化場がほとんど民間経営であり、理想とは裏腹に①サケ類の生物学に関する知識に欠けていたこと、②孵化放流技術が未熟であったこと、③孵化場運営のために採卵用の親魚を売却していたこと、さらに④それまでの漁業規制と繁殖保護策が希薄となり、漁業での乱獲が起こったことなどがあげられています。このようにして、皮肉なことに人工孵化放流技術の導入は、北海道のシロザケ野生魚を減少させる結果となりました。

 1952年に国立の北海道さけ・ますふ化場が設立され、1957年にはその中に調査課が設置され、さらに道立水産孵化場の研究組織も充実し、サケ類の生物科学的な研究が本格的に取り組まれるようになりました。1960年代以降、わが国は本格的な経済復興に突き進み始めます。その結果、様々なひずみが社会に生じるようになりました。公害もその一つで、当時の北海道の河川は、いたるところで澱粉工場やビート工場からの有機排水により汚染され、川底は水生菌により真っ白になりました。また、この頃より河川工事が盛んになります。当時の河川工事は高水工事といい、河川を真っ直ぐにし、河床を掘り下げ、できるだけ早く水を川から海へ送り出すのが目的でした。現在の河川工事も、「近自然工法」を除き基本的には同じように見えます。それらが河川生態系とそこに生息する魚類に影響を及ぼさないわけがありません。サケ科を中心に北海道の淡水魚は、水質汚染と河川工事の影響で生息空間や餌などの資源を失い、河川に連続的に分布できなくなり、著しく減少していきました。

 そのような厳しい時期に、北海道の淡水魚に救いの手をさしのべたのは、北海道さけ・ますふ化場と道立水産孵化場の研究者たちでした。彼らは、数多くのフィールド・データと飼育実験により魚類をはじめ水生生物が安心して生活できる河川の水質基準の策定にかかりました。また、水生昆虫や魚類を中心に水生生物の生態学的データの蓄積をはかり、生物が安心して河川で生活できる最低の水量となる「維持流量」の概念を千歳川に導入しました。その当時発行された「水産用水基準」と「サケ・マスを中心とした河川開発の問題」は現在でも河川環境保全に欠かすことのできないバイブルとなっています。そういう意味で、高度経済成長から列島改造論へ突き進む時代に、荒廃しきった河川生態系の保護に初めて本格的に取り組んだのは孵化場の研究者たちであったといっても過言ではないでしょう。

 1970年代後半以降、それまで低水準で推移していたシロザケの漁獲量は著しい増加傾向へと転じます。漁獲量は、1975年には約1,600万尾と過去最高の水準(1889年)をはるかに上回り、その後も順調に増加し、1980年代には2-3千万尾台へ、1990年代には5千万尾台にまで達しました。漁獲量が著しく増加した理由は2つ上げられています。一つは北太平洋の環境がサケ類にとり好適となり、その環境収容力が著しく増加したこと、もう一つは孵化放流技術の進展によるものです。この孵化放流の成功は、シロザケの初期生活史に関する生態学的研究の成果に基づく給餌飼育技術と適期放流技術の開発による孵化場魚の生残率の向上に起因すると考えられています。言い換えれば、自然生態系に生息するシロザケの生活パターンを学ぶことにより、現在の孵化放流技術は確立し、孵化場魚の大量生産生産に成功したとみなすことができます。

 自然に学びながら確立したはずのサケ類の人工孵化放流は商業漁業振興の流れの中で、再び様々な影響を自然生態系および野生魚に及ぼしていくことになります。給餌飼育による放流魚と放流数の増加により、孵化場魚は河川での滞留時間が著しく短くなりました。また、河川を遡上する親魚は減耗抑制と効率的な一括大量捕獲を目的に河口近くで捕獲され、陸上路をトラックで孵化場まで運ばれるようになりました。すなわち、河川は孵化場魚にとって稚魚の降海と親魚の河口遡上の一時的な通路に過ぎなく、生活の場でなくなりました。言い換えれば、現在のシロザケの孵化放流技術は河川省略型の増殖技術ともみることができます。その結果、孵化放流事業は河川環境保全の歯止めとしての役割を失っていき、結果的に野生のサケ科魚類の減少に対応できなくなりました。更に、経済価値のみを追求するようになった孵化放流事業は放流数の増大と安易な移植放流により、漁業資源を増大させることに成功はしましたが、①河川生活期間の長いサクラマスの減少、②小型化高齢化による個体群密度効果の誘発、③外来種の放流などの無秩序な魚類の移植放流に手を貸す結果となりました。

 このような反省に立ち、現在、北海道のシロザケ人工孵化放流事業は、河川集団毎に遺伝的特性を明らかにし、地域集団の遺伝的固有性と多様性を守りながら、無秩序な移植放流を行わずに、また、個体群密度効果を配慮して放流数も適切に制限されて実施されるようになってきているようです。



サケ科魚類による生物多様性と物質循環

 羅臼沿岸などの道東にしか姿をみせなかったオジロワシとオオワシは、最近では道南の遊楽部川に最も多く分布するといいます。どうして遊楽部川なのでしょうか? 実は、遊楽部川はシロザケが自然産卵する北海道の中でも数少ない河川の一つなのです。ワシ類は、産卵後死亡したホッチャレを餌として利用するために遊楽部川に集群します。北海道でも数少なくなった野生のシロザケは、ワシ類が越冬するための貴重な餌資源となっているのです。

 カムチャツカ半島南端に位置するクリル湖は、北海道の支笏湖と同じ貧栄養カルデラ湖で、大きさも似ています。このクリル湖には毎年100~300万尾、多い年で600万尾のベニザケが産卵回帰します。クリル湖周辺には、カモメ、ユリカモメなどの海鳥類、キツネなどの小型ほ乳類やヒグマなどの大型動物が餌資源としてベニザケを利用するために集まってきます。すなわち、産卵のために回帰するサケ類は河川流域生態系の生物多様性を高める役割を担っているとみなすことができます。

 さて、再びクリル湖のベニザケに話を戻しましょう。ベニザケ親魚の体の有機物構成比はおよそ水分69.8%、脂肪5.6%、蛋白質21.6%、灰分1.3%およびリン0.3%で占められます。ここでは、リンに注目したいと思います。貧栄養湖における栄養塩の制限因子はリンである場合が多いようです。クリル湖ではリン5~15トンが貴重な栄養塩としてベニザケにより海からもたらされているのです。その結果、ベニザケがどのくらい湖に生息可能かという湖の器の大きさを表す環境収容力はクリル湖では6,300トンにも及びます。同様のことは、ベニザケの遡上量が世界で最も多いアラスカのイリアムナ湖でも観察されており、ここでは湖に供給されるリンの約60%をベニザケが担っていると言われています。このように、野生のサケ類は、産卵回帰し自然繁殖することにより、陸上から海洋へ流出した栄養塩を再び陸域へもたらす地球生態系の物質循環の担い手となっているのです。生物による海洋から陸域への物質循環は、海鳥類とサケ類のみであろうと言われています。したがって、野生のサケ類は、地球生態系における生物多様性と物質循環を担う貴重な生物であるとみなすことができます。
 話を北海道に転じましょう。海からサケ類の遡上が絶たれている支笏湖のリンはわずか25kg以下にすぎません。支笏湖には湖沼性ベニザケのヒメマスが生息していますが、その環境収容力はわずか3.2トンです。湖の規模が同じクリル湖に比べるとわずか1/2000にすぎないのです。自然繁殖の機会を絶たれた北海道の孵化場魚にも、同様のことが言えます。孵化場魚は、結果的に地球生態系の物質循環の流れを絶ち、生物多様性を損なうことに手を貸しているのです。現在、海から上流の湖まで何の障害もなしにサケ類が遡上できる河川は、北海道を含めわが国には数少ないのが現状です。その数少ない河川の一つに屈斜路湖を有する釧路川があります。過去の記録によりますと、釧路川にベニザケが遡上していたことがうかがわれます。かつて釧路川の支流であった阿寒川の上流に位置する阿寒湖が湖沼性ベニザケであるヒメマスのわが国における原産地の一つであったことはあながちこのことと関連しているのかも知れません。この屈斜路湖の存在は意義が深く、この湖の生態系の変遷は今後の北海道の自然観を見ていく上で重要なウェイトを持ってくるであろうと考えます。



北海道の淡水魚を守るために

 さて、北海道の在来の淡水魚を守り、食料やレクリエーションの資源としての放流魚を利用していくためにはどうしたら良いのでしょうか? まず、第一に魚類が生息して繁殖できるような自然河川としての環境回復が最も基本的に重要であろうと思います。特に、河川管理者にはこの課題への取り組みを強くお願いしたいと思います。

 次に、守るべき野生魚の生息する河川(フィッシュ・サンクチャリー)と放流魚の河川はキチンと区別されるべき(ゾーニング)であろうと思います。両者が共存している河川では、キチンとしたモラル作りと生物学的モニタリングが必要です。外来種を持ち込まないことは言うまでもありません。

 北海道に生息する淡水魚71種1亜種のうち、絶滅のおそれがあるなど保護を必要とする種は22種、8地域個体群、7留意種を数えます。北海道の淡水魚が決して楽観すべき状態にあるとはとても思えません。北海道の淡水魚を守るために、皆さんの協力を強くお願いいたします。


「北海道・淡水魚保護フォーラム No.3 「ちょっと待った!その移植放流」
(2002年7月6日、川湯観光ホテルコンベンションホール) 講演要旨
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