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第2回北海道淡水魚保護フォーラム


中尾 繁

 中尾 繁 (なかお しげる)

松倉川を考える会会長
北海道大学大学院水産科学研究科


 函館市内を流れる松倉川は源頭から2つの支川が合流する河口まで全長24キロメートルの清流である。92年12月、この川の上流16キロメートルの地点にダム建設計画が浮上した。100年に1回規模の大雨で予想される洪水被害を防ぐ治水目的と2003年から生ずる恐れがある水不足を防ぐ利水目的のいわゆる多目的ダムである。
 ダムが自然環境に与えるマイナスの影響は極めて大きい。全国のダム見直し要求運動はどこでもこのことが1つの、そして主な理由になっている。松倉ダム計画で私たちが最初に心配したのも自然環境への影響であった。しかし、自然保護とダム開発の二者択一を迫ることは、両者の対立を先鋭化させるばかりでなく、同時に周囲の市民から「どっちもどっち」と見られかねず、ダム見直しの要求を大きな声にすることは難しいと考えた。ダム建設を前提とした自然環境への影響評価は充分検討する必要があるが、その前に治水・利水にダムでなければならない必然性があるのか。計画段階でこれが市民に納得できる形で説明されなければならないと思う。松倉ダム計画に対する私たちの立場は終始、治水と利水にダムの必要性がどこにあるのかという点であった。



治水に関しては、まず過去の洪水被害の中身の分析が重要である。生じた洪水被害が外水はん濫か内水はん濫か、どの川のどんな形態の場所でどんな規模で生じたのか、そして降雨が被害をもたらすほどの洪水となって川を流れるのは単に降雨量が多いからだけだったのか。
 ダムで貯水して川を流れる洪水量を減らすのは、外水はん濫を防ぐ効果だけである。これまでの洪水被害の中身が内水はん濫も含んでおれば、これはダムでは防げない。中身の分析もなくすべての洪水被害を十把一絡にして「洪水被害にはダム」ではあまりにも乱暴な話である。過去にも100年に1回規模に近い(それ以上の)降雨はあった。その時の外水はん濫の状況からは、堤防補強やその嵩上げ、下流域の堆積泥や流木による流水機能低下の除去、河川形態・河道拡幅などの河川整備、田畑で越流する洪水を貯留する遊水池の造成など、考えられる沢山の対策を複合して組み合わせていけば、洪水被害を最小にすることは可能であったと思われる。それは今日の河川工学的技術からも無理な話ではなかろう。しかも、松倉川水系では外水はん濫よりも内水はん濫の被害が多いことが明らかになっている。降雨が高い地域から低い地域に地表を流下して集水する被害や下水管からの溢水などである。これらはダムによって防ぐことができない洪水被害で、とくに深刻な下水管の溢水は、雨水管と下水管の接続ミスなどは論外として、地上の開発のみが優先して雨水管の整備は手薄であった点で人災に近い。
 これらの洪水被害に対する防止対策は被害という結果に対する対応策で、言わば「出口論」対策と言える。被害をこうむる市民にとって軽視できない重要な対応であることは言うに及ばない。同時に重要なのは、降雨が短時間に一拳に川水となる沿川周囲の状況である。上流の森の伐採と側溝を伴う林道、山肌を削って造成される宅地化、アスファルトによる降雨の地下浸透の阻害など、これらに対応する対策は川水となる洪水の量を減らすための対策で、言わば、「入り口論」対策である。自然が持つ保水力と言う仕組みを壊さないことである。この「出口論」と「入り口論」の両方で有機的に組み合わせた対応を考えていけば、効果が疑問で、しかも自然環境にマイナスの影響が多く、莫大な費用と時間を要するダムは必要なくなる。



 利水に関しては、ダムを必要とする水不足の予測法に疑問があるが、基本的には水資源に対する姿勢が問題である。まずダム計画を進める根拠とした「平成13年(後に15年に修正)水不足説」である。これには2つの決定的な欠点がある。1つは人口減少が続いている実態に反し、何の理由も示さず人口が増加する仮定で水不足を予測した点である。市民を納得させるどんな釈明もない(というよりできない)。2つはこの予測法では15年先にまたダムが必要となる点である。「またダムが必要となるかどうかは様子を見なければ分からない」では、松倉ダム計画の自家撞着と言わざるを得ない。
 そもそも水資源をダム(開発)で確保しようとする考えの基本は水需要量の増加を前提としている。しかし、自然の水資源は有限であり、いつまでもダムで確保することはできない。どこかで自然と折り合いをつけなければならない。そしてそれは1日も早い方が望ましい。そのためにはダム(開発)で水不足を解消する姿勢を改めて、現在の豊富な給水能力をいつまでも生かすことを考えなければならない。わずかながら増加傾向にある水需要量を抑える対策を早急に講ずる必要があろう。そのための時間的余裕は十分ある。行政と市民が協働して水需要量の抑制に向けた努力が求められる。根本的に水不足の恐れを解消するためには、現在の給水能力をいかにしていつまでも有効に保つかであって決してダム(開発)による水資源の確保ではない。
 私たちが将来の函館市を考えるとき、ダムによる治水と利水では根本的な解消策にはならず、むしろ代替案で進めることこそが必然的であると結論した頃、時を同じくして97年7月に北海道が公共事業を見直す「時のアセスメント」施策を打ち出した。これは「時」と言う時間の物差しをあてて次の3要件に該当する公共事業を見直して、再び継続するか凍結・中止するかの評価を断す施策である。
1)施策(事業)が長期間(10年以上)停滞している
2)社会的状況の変化により施策(事業)の価値または効果が低下している
3)施策(事業)の円j滑な堆進に課題を抱え、長期間停滞する恐れがある
「時のアセスメント」施策が打ち出された背景はいろいろあるが、いずれにしても松倉ダム計画の見直しを求める私たちにとって、この施策は両刃の剣であった。仮に継続や凍結の結論が出た場合、その後の見直し要求運動は極めて困難こなると思われたからである。ただ、それまで5年間の検討結果からは松倉ダム計画が「時のアセスメント」施策の対象事業になったのは当然で、評価結果も中止にならざるを得ない強い確信はあった。
 問題は松倉ダム計画とは別に、それまでの経緯が無視されたままに新たな松倉川水系治水・利水案が提示され混乱が生じたことである。私たちの関心も直接堆進してきた道建設部(函館土木現業所)と市水道局から「時のアセスメント」施策を進める道庁内の検討チーム・政策会議の動向に移らざるを得ず、直接話し合いができない暗中模索が続いた。対象事業に選定された1年後、98年10月に「松倉ダム計画は中止する」ことが北海道知事から公表された。


 松倉ダム計画は中止となった。しかし、松倉川水系の治水と函館市の水不足(?)対策は何ひとつ解決策を見出さないままである。治水に関しては2000年3月、検討会が発足し学識経験者による専門部会と市民代表による地域部会の2つが協力して治水対策案を打ち出すことになった。ここでも私たちは治水関して線としての川だけに目を向けていては本当の解決策は打ち出せないこと、流域の環境とその歴史、街づくりを含めた面としての流域全体を考えながら総合治水対策を打ち出さねばならないことを主張している。そうでなければ、結局「出口論」だけの川を単なる排水路と見なす対策となって無理が生ずることは目に見えている。一方、利水に関しては函館市に何ら具体的な動きがない。10月の国勢調査の結果を待ってからと言うが、水不足の予測を三たびやり直すと言うのであれば、水資源に対する開発姿勢に変わりがないことになる。国勢調査の結果を待って何をしたいとするのか、市民に明確に示すべきであろう。

 私たちが松倉ダム計画の見直しを求めたのは、ダムでは治水の根本的対策にはならないこと、ダムによる利水では函館市の将来像が何ら見えてこないからであった。ダムが与える自然へのマイナスを論点にしなかったのは初めに述べた通りである。決してこの点を軽視したわけではない。ダムによってクマタカ、イバラトミヨ、ミツモリミミナグサなど沢山の貴重動植物と変化に富んだ手つかずの渓流が消える心配、あるいは自然の川の形態が維持されなくなること、海岸砂浜域が縮小し下手をすればこれも消えていくこと、沿岸水の水温・栄養塩・濁り、さらには海と川を往来する魚類への影響など、自然生態系がこうむるマイナスの変化は極めて大きい。また、ダム建設がどこでも計画当初の予算よりはるかに高くなることは通例で、おそらく松倉ダム計画でも例外とはなるまい。これらの問題は機会あるごとに疑問点として提起してきた。しかし、ダム問題が建設を前提とした対立関係に陥ることを避けるためにダム建設の是非の論点に自然との関係を先取りすることはしないできた。しかし、もし多くの人がダムの必要性を認める場合、次にはこの論点が納得できるまで充分議論されなければならないだろう。「政策アセスメント(時のアセスメント)」と「環境アセスメント」の2つのアセスメントが統一的こ実施されてこそ公共事業の価値が認められることになるのではなかろうか。

「北海道・淡水魚保護フォーラム No.2 川の環境と淡水魚の多様性を守る」
(2001年11月24日、大沼国際セミナーハウス)講演要旨

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