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第2回北海道淡水魚保護フォーラム


石城 謙吉

石城 謙吉 (いしがき けんきち)
 
北海道大学名誉教授


1, 後氷期が育んだ川

 私たちは今、約1万2千年前に最後の氷期が終わった後の温暖期、すなわち後氷期に生きている。氷期から後氷期に移行する過程で起こった大きな自然の変動は、気温の上昇と雨量の増大によって北海道の広い地域を覆っていた永久凍土が融け、地表をたくさんの水が流れるようになり、さらにツンドラや草原に変わって森林が発達したことである。
 このように、後氷期は自然のもっとも重要な要素である水と土と植物が著しく活性化した時代と言える。しかしこれらは個々バラバラに動き出したのではない。活性化した土と水が植物を育てて森林を発達させ、この森林と土の結び付きが地下水を涵養して豊かな川の流れを作り、また森林と水が土を肥沃な土壌に変える、といった形で互いに経び付くことによって氷期とは違う豊かな自然を作ったのが後氷期である。
 私たちが見る現在の北海道の川は、後氷期の森、後氷期の土壌と深く結び付いた、後氷期の川で
ある。



2, 明治以降の変化

 北海道の自然は、今から約130年前の幕末までははぼ原始の姿を保ってきた。それは縄文以来の先住民族の人びとが後氷期の自然と共存する文化を継承してきたことによる。
 しかし和人がこの島の全域に移住するようになった明治以来、北海道の自然は大きく改変されてきた。まず、農業開拓によって急速に広がった耕地面積は、昭和13年にははやくも100万ヘクタールに達した。これは明治以降のたった70年で北海道の平野部の天然林の大半が消失して耕地に変わったことを意味している。
 また山地では林業による森林伐採も盛んに行われるようになり、年間の伐採量は明治末には120万立方メートル、大正後期には700万立方メートルに達するようになり、さらに戦後の復興期には毎年一千万立方メートルを越える伐採が続けられた。またこれ迄の間に150万ヘクタールの森林が天然林から人工林に変えられている。こうして北海道の自然が世界的にも珍しいほど短期間に急激な改変を受ける中で、北海道の各河川は流域の多くの部分で後氷期以来の土壌や森林との深いつながりに大きな変化をもたらされたとみてよい。
 やがて戦後になると、川そのものに対しても直接的に大きな人為が加えられるようになった。それは昭和27年から始まった第一期北海道総合開発計画が、昭和23年に発足した河川総合開発調査会の動きを受け、河川整備事業の目玉としてダム建設を組み入れたことから始まった。昭和32年には多目的ダム法が施行され、また1962年(昭和37)には全国総合開発政策が政府から打ち出される動きの中で、北海道には数多くのダムが建設されて今日に至っている。
 さらに昭和38年からの第二期北海道総合開発計画では河川事業の重点は治水から利水、管理へとひろがり、流路の直線化、護岸、砂防ダムなどの工事が一気に進められることになった。これによって北海道の河川のほとんどがかつての姿を失ってしまったと言ってよい。一方ではこの間に膨大な川砂利の採取も行なわれ、長い氷期の遺産とも言うべき川砂利ははぼ採り尽くされた状祝になっている。



 3.河川環境の攪乱

 当然のことながら、この様な近年の川を取り巻く環境と川自身の変化は、川の本来の特性や機能に大きな変化をもたらしている。
 たとえば流域の森林消失は表流水を増大させて地下水を減少させることにより湧出水(基底流量)を減少させるとともに、洪水時の出水量を増大させ、基底流量が1/3程度に、洪水量は逆に2倍以上にもなる場合が多いことが知られている。
 また河畔林の消失は中・下流域の水温に大きく影響し、苫小牧の幌内川での調査では河畔林が消失した場合には、夏期の最高水温は約4℃上昇するものと算定され、また既に河畔林が失われている道北の川での研究結果では河畔林があった時代のその川の最高水温は現在より6℃低かったと推定されている。このような水温変化は生息魚類に極めてを大きな変化を与える値であり、北海道の低平地帯の魚類相は明治以来大きく変わったものと考えられる。河畔林の消失や荒廃はさらにリター、落下動物などの森林生産物の河川への供給も変化させて淡水の生態系に影響を与えてきているものと思われる。しかしこうした明治以来の森林伐採や農耕地開発による北海道の河川の流量、水温、水質などの変化の全貌は、まだまったく把握されていない。
 こうしたことに加えての近年の河川改修工事による直線化、護岸、堰堤などは生物の住み場所としての川の基本構造を根本から消滅させるものであり、また回遊魚が圧倒的に多い北海道の淡水魚に大きな影響を与えつつあると思われる。



 4.自然の人為的撹乱と外来生物

 北海道には現在、コイ、ゲンゴロウブナなどをはじめとする本州原産のコイ科魚類や北米原産のサケ科魚類のニジマス、カワマス、さらにヨーロッパ原産のブラウントラウトなどおよそ10種類の外来魚が住みついており、さらに最近はブラックバスの導入が問題になっている。
 ただし過去の北海道にはさらに多くの外来魚が意図的あるいは偶発的に持ち込まれており、現在定着しているのはその一部である。ある地域への外来生物の定着は 1,その地域の自然の生態的地位の空きを埋めるか、 2,自分が求める生態的地位を占めている在来種と住み分けや食い分けを成立させるか、あるいは 3,その在来種を駆逐するか、のどれかに成功した場合に起こるとみてよいが、今世界的に問題になっているのは3による在来の競争種の衰退や絶滅、食物連鎖の撹乱による群集への影響、環境を変えてしまうことによる在来生態系の破壊などである。
 大規模な土地造成や道路建設などを行った所に外来植物が一斉に侵入する様子を見てもわかるように、外来種の侵入は自然の大規模な人為的攪乱が行われたときに多発することが知られている。その視点から見ると、北海道の河川がそれを支える森林と土壌を急激に失い始めたのはわずか130年前からであり、さらに大規模なダムが多数作られるようになったのは昭和30年以降、また各種の砂防工事、護岸や流路の直線化が一気に進められたのは昭和40年代からとごく近年のことである。したがって、北海道の河川は今まさに巨大な撹乱の渦中に置かれていると言える。
 こうした人為による流量、水温、底質の変化や河川形態の人工化などの規模と内容を考えると、今北海道の川はもっとも外来種の侵入が起こりやすい条件下にあり、今後どんな思いもかけぬ外来種が侵入するかも予測できぬ状況であるとみてよい。今後の北海道の川のあり方を考えるにあたっては、こうした現状を正しく認識する必要がある。

「北海道・淡水魚保護フォーラム No.2
 川の環境と淡水魚の多様性を守る」(2001年11月24日、大沼国際セミナーハウス) 講演要旨

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