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電子メール



谷口 義則
 (山口県立大学講師)  
週刊釣りサンデー2001年3月4日号 54-56ページより転載 



  先日、本誌の編集者より「ゾーニングの基礎知識について書いてもらえないか」という主旨の問い合わせがあった。なるほど、最近、日本釣振興会が盛んに口にし、水産庁までその流れに乗ろうとしている「ゾーニング」というのが話題になっている。この言葉の基本概念のようなものを示しておきたい、という編集者側の趣旨は理解できた。また、米国に比較的長く滞在し(5年余り)、現地の大学院で魚類生態学を専攻していた私ならば「ゾーニング」の正確な定義ができるのではないか、とお考えになった経緯も理解できる。しかし、ハナから編集者の方をがっかりさせて申し訳ないが、私は数年前に日本に帰国するまで水産用語(?)としての「ゾーニング」を知らなかった。すなわち、「ゾーニング」は北米の水産学の専門用語には存在しないし、教科書にも出てこない。したがって、一種の和製英語であると言うのが正しいと思うが、ご存じの方がいたら教えて欲しい。ただし、新用語かも知れない、と念のため近年の北米の水産学会誌をあたり、さらに北米の内水面水産管理学の専門家に問い合わせたが、「ゾーニング」の定義について見出すことはできなかった。

 したがって、残念ながら、本誌の読者の皆さんや編集者が知りたい、「ゾーニング」とはそもそも何なのか、どいういう行為なのか、何のために行うのか、果たして日本で可能なのか等の疑問に対して直接お答えすることはできない。しかし、私自身淡水魚の生態を研究するものとして「ゾーニング」問題に強い関心を持ってきたこともあり、本稿では「ゾーニング」と似たような遊漁管理制度が米国に存在するのかどうか、もしもあるのならばそれについて簡単に紹介し、私見を述べてみたいと思う。また、ここでは私の専門であるマス類を対象とした遊漁資源管理を中心に述べるが、基本的な考え方は種を問わず共通である。


■多様性保全が社会通念

 まず、水産庁の素案となっているという「ゾーニング」とは何か。情報が公開されていないため、この定義をインターネットのホームページや100万人署名用紙などで探したが、残念ながら、私の努力が足りなかったせいもあると思うが、「ゾーニング」の詳細な定義やその背景を知ることはできなかった。ただ、日釣振の署名用紙に「公認のバス釣り場を増やすため」ブラックバスと他の魚類の「すみわけ」と表現する語句があり、ここではこれが「ゾーニング」の最大の目的であること、これを求めているのはおもに本種を好んで釣る方々である、と理解した上で話をすすめたい。もしもこの制度が実現すれば、必要と認められれば本種の保護水面の設定が可能となると言って良いと思う。

 では、米国で特定の非在来魚種を対象に同じような理念と目的で設定された遊漁規則があるのだろうか。結論から言うと、無い。なぜ無いのか?現行の米国の遊漁資源管理制度は、確かに在来・非在来魚種双方の資源の維持と永続的利用を目的としているものの、もっとも重要なルールである、在来魚類の保全のもとで運用されているからである。現在の米国では、動植物を問わず、絶滅危惧種を含む在来生物の保全の問題が、即、経済活動につながっている。最近では、ある大都市のビル群の中で絶滅危惧種に指定されている小型のネズミが見つかり、とたんに経済活動が停止したという(調査が終わるまでの間、局所的であるにせよ)。この例をみればわかるように、米国では、在来生物種の多様性の保全という生物学の基本理念が社会通念にまでなっている。したがって、これを脅かす存在、それがたとえば非在来魚種であった場合、いかにその種に経済的価値が認められ、現段階で在来の生物多様性を脅かすことが不明であっても、それが不明であるという理由から、極力排除していく方針を堅持している。これは、その生物が魚であろうと鳥であろうと同じである。間違っても、その非在来の生物種を何ら科学的な裏付けもなく、在来生物と共存させる危険を冒すことはあり得ない。「ゾーニング」によって日本の在来水生生物はバスとともに強制的に現在の生息地に閉じ込められることになる。このような行為は、生物学的に誤っていることであるし、長期的視点に立ったときに経済的にもマイナスであると考えられている。

 このような野生生物管理者側の意識が米国で主流になり始めたのは1960年代といわれる。当時、在来生物種の保護を求める一般市民や研究者らの運動が、まさに連邦議会を1973年の絶滅危惧種法の制定に向けて動かそうとしていた。絶滅危惧種法の概念とその制定は各州の遊漁管理制度や管理者らにも、それまでの「釣り人のための資源管理」から「在来魚のための資源管理」へと決定的とも言える舵取り転換をうながすことになった。米国西部のロッキー山脈のふもと、ワイオミング州を例にとると、人口わずか50万人たらずのこの州で年間の内水面遊漁管理予算はおよそ10億円。このうち、およそ1億円ほどが地域で唯一の在来マス類であるカットスロートトラウトの保護・管理に使われる。ここでは、1970年代までに本種の生息域の90%以上が生息環境の破壊やニジマスおよびカワマス等の非在来種の移植により壊滅状態となってしまった。遊漁資源管理の主体である州の担当部局は、過去10数年にわたって、比較的健全なカットスロートトラウト個体群が残されいる水域を選んで、非在来種を積極的に駆除し、生息環境の保全とともに在来種を中心とする魚類群集の保護水面の設定を進めてきた。具体的には、下流域から外来種の遡上を妨げるに十分な大きさのダムを建設することによって行われ、1基の建設に数千万円かかることもある。ただし、保護水面といっても全面的に釣りを禁止せず、緻密な管理手法によって釣獲圧をコントロールしており、ここでもそのために調査にかかる人的・経済的経費は大きい。また、これまでに同州が運営してきたマス類の孵化場ではカットスロートトラウトなどの養殖に切り替えが進められ、他の州では不必要なニジマスの養殖場などが軒並み閉鎖されたり、減少してるコイ科魚類の遺伝子保存のための孵化場に生まれ変わったりしている。



■移民のこころのよりどころ

 上述した在来マス類保護区の流域外や、すでに水系一帯でカットスロートトラウトが絶滅しているような場合、そこには非在来魚種であるニジマスやブラウントラウトを中心とした釣り場が広がっている。ここでは、適度な釣獲圧のもとで健全な個体群を維持するために、生息環境を良好に保つための管理、キャッチ&リリース区間の設定、釣獲方法(餌、ルアー、フライ等)、持ち帰ることのできる体サイズや個体数、産卵にともなう釣りの時期や場所の限定等、様々な遊漁規則が設けられている。おそらく、日本から現地の河川や湖沼を訪れる釣り人の多くが実際に体験するのはこの手の釣り場だと思う。これを見れば、北米では非在来種もずいぶんと手厚い管理のもとに置かれていて、日本でも同じように在来種と非在来種を別々にして管理すればいい、と思う人が出てくるのかもしれない。

 しかし、ここで、日米両国における非在来種の持つ意味の違いを考えて欲しい。フロンティア時代の開拓民は西部の異郷の地で、故郷である東海岸や遠くはヨーロッパを想い自らを慰めるために数多くの動物や植物を持ち込んだ。やがて大陸横断鉄道が完成すると、これに拍車がかかり、魚類の発眼卵輸送も可能となり大陸の東西で数多くの非在来魚種が行き交うことになった。米国における非在来魚種の多くはこのように、移民たちの生活における心の拠り所となる存在だったと言える。しかも、1950年代までどこの州でも行われていたこれら非在来種の放流事業はいわば州政府の公認であった。これらの点で、日本におけるブラックバスやブルーギルなどの非在来魚種とは根本的にその原点が異なると言える。したがって、米国における非在来種の釣り場は、ただ安易な「釣り人のための」遊漁管理の理念から生まれたものではなく、地域の住民にとっては先祖であるヨーロッバ人移民たちが残したレガシーから生まれたとも言える。むろん、これら移民たちのセンティメントが北米の在来魚類群集を危機に陥れる一要因となったことは事実である。しかし、現在米国の水産資源管理者の誰もが、過去に行われたこれらの非在来種の移植には数限りないほどの負の側面があり、魚類をはじめとする野生生物の在来種・非在来種の価値が時代とともに大きく変化したことを認めていることは注目に値する。しかも、非在来種の移植と定着が生息地の破壊と同義の不可逆的な行為であったことを米国の水産資源関係者や釣り人たちは身をもって体験してきた。このような内水面遊漁資源管理の歴史的背景やその理念に現在の米国の遊漁規則が立脚していることを考えると、「ゾーニング」と似たものは米国にあることはあるかもしれないが、その質も意味もまったく異なるものであると言える。 

 ちなみに、現行の米国各州における内水面漁業規則では、新たな水域への非在来魚種の移植はもちろん禁止されているが、州当局による非在来種の養殖魚の放流も、すでにこれらの魚類が生息しているものの繁殖が見込まれない、荒廃した生息環境に限って行われている。これは、いわゆるプット・アンド・テイクといわれる、早い話が釣り堀方式である。一方、非在来種でも個体群が自然繁殖を繰り返すような生息場所では追加放流は行わず、これらの魚類に必要以上の手は貸さない。


■丁寧な議論が一番早道

 前述したように、米国の現行の遊漁資源管理法は「在来種の保護」をその根基としている。そして、このことを現地の管理者はもとより多くの釣り人たちも誇りにしている。そして、さらに重要なことは、このような管理法が、研究者らによる詳細な調査・研究の結果得られる膨大なデータに基づいていることはもちろんだが、釣り人、釣りをしない一般市民、地域の住民、業界、行政や水産関係者および研究者など、多種多様なグループの中およびその間で丁寧が議論が重ねられた結果を反映したものになっていることである。たとえば、重要な遊漁規則の設定もしくは変更にあたっては当局が公聴会を開き説明する。このような公聴会の期日や場所についての情報は、釣具店の掲示板、雑誌あるいはインターネットなどで事前に得ることができる。公聴会では、まず提案があり、質問が出て、議論がある。場合によっては提案者側が変更を余儀なくされることもある。そして、最終的に決定した管理法を施行する。この一連の作業を辛抱強く続けることが、時間はかかっても、成功する遊漁規則にたどり着く一番の早道であると米国の遊漁資源管理者は口をそろえる。説明と議論が十分行き届いたものであれば、将来仮に何らかの問題が起こっても、問題が危機的に深刻化するケースは少なく、解決策を講じることも容易になる、と彼らは言う。

 米国の資源管理方法を日本で採用してもそれが即うまくいくとは限らないし、日本には独自の遊漁資源管理の姿を模索していく必要があるだろう。ただ、その模索の過程で現行の米国の内水面管理の理念やその方法は大いに参考になると私は考える。日本は「生物の多様性に関する条約」を批准しており、その第8条では「生態系、生息地若しくは種を脅かす外来種の導入を防止し又はそのような外来種を制御し若しくは撲滅すること」と記されている。この条文を大切にし、まずは今以上に一般市民、行政、研究者らの間で在来魚類群集の保全という基本理念の共有化を徹底することが必要だろう。在来魚類群集の保全とは、むろんブラックバスなどの非在来種のみならず、河川改修や水質の悪化などのあらゆる環境撹乱要因から守っていくことを意味する。足早に「ゾーニング」の検討を始める前にやることはたくさんある。もっと長期的視野に立ち、「人間中心の資源管理」から「魚中心の資源管理」へとシフトしていけば、日本に合った在来・非在来の魚類の管理方法を確立できる道筋が見えてくると考えるが、いかがだろうか。