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代  表 帰山雅秀
事務局長 後藤 晃

〒066-0028
北海道千歳市花園2-312 
千歳サケのふるさと館

電子メール


永田 光博 (ながた みつひろ)
 北海道立水産孵化場計画管理室長



 アメリカのポートランド市にWild Salmon Center(野生サケマスセンター)というNGOの組織があります。ここの研究者は、他のNGO/NPO、公的機関、大学などの専門家と連携して環太平洋の野生サケ類と自然生態系の保全のため、国境を越えたモニタリングのシステムを作ろうとしています。淡水魚保護ネットの会員も関連する国際会議、ワークショップに参加して、「北海道での外来魚による被害状況」(菊池基弘、千歳サケのふるさと館)、「都市河川でのサケの自然産卵の果たす役割」(有賀望、札幌市豊平川サケ科学館)、「アジアの固有種サクラマスの現状と河川修復」(永田光博、北海道立水産孵化場)、「日本産秋サケの個体群構造と自然生態系を基準とする保全策」(帰山雅秀、北海道東海大学)などの情報を提供し、またモニタリングの構築に向けて協力してきました。ここでは、環太平洋のモニタリング事業「State of the Salmon」の内容と進捗状況を紹介します。

 平成13年11月5-6日にWild Salmon Center主催で“Pacific Rim Wild Salmon & Steelhead Conference”(環太平洋の野生サケマスとスチールヘッドに関する会議)がポートランド市で開催されました。そのなかで、アメリカ、カナダ、ロシア、そして日本の研究者から各国の野生資源の現況や孵化場魚の野生魚への影響、資源と気候の長期変動との関係など環太平洋の野生サケマスに関する色々な話題が報告されました。
Wild Salmon Centerとオレゴン州立大学によって実施された環太平洋における野生サケ類の資源評価によると、個体群ベースで太平洋サケ類の25%以上が絶滅種あるいは絶滅危惧種に分類されています。そして、カリフォルニア、オレゴン、ワシントンの各州に加えて、カナダのブリティッシュコロンビア州南部などの北アメリカ西部、そしてロシアを中心とする極東アジアでは、特に絶滅の危機にある個体群が多く存在しています。魚種としてはマスノスケ、スチールヘッドで高い絶滅危機にある一方、カラフトマスでは絶滅リスクの程度は低い傾向にあります。このように北太平洋のサケ類の多様性や個体数減少の問題はボーダレスで環太平洋全体に拡大しています。しかし、広範囲なモニター事業が構築されていないために、減少の度合いが把握されておらず、多様性や個体数の減少が地域的な問題なのか、あるいは全ての個体群に影響をもたらす、より大きな環境破壊あるいは自然変動によるものなのか判断できない状況にあります。すなわち、共通の手法なしには自然破壊や保全の努力を客観的に評価することはできません。そして、この会議に出席した専門家の人々はサケ類の個体数や多様性の変化を探知できる環太平洋全体のモニタリングシステムを作ろうというWild Salmon Centerの提案へ協力することを確認しました。
 そこで、2003年Wild Salmon Centerは、自然生態系の保全に関するノウハウに精通しているEcotrust(本部はポートランド市)というNGO組織と共同で“State of the Salmon”という事業を始めました。この事業は2000年に設立されたGordon & Betty Moore 基金(Gordonさんはコンピュータチップ製造No.1のインテル社の創業者)の支援で進められており、この基金から3年間で2百万ドル(約2億円)の資金が提供されています。
 “State of the Salmon”とは北太平洋のサケ類に関する知識や情報の集積と組織化を基礎に科学と政治の交流によって、サケ類と人々と地域との間の密接な関係を作り上げることが狙いで、最終ゴールは野生サケ類やそれに依存している全ての生命体が繁栄しえる未来を作りあげることです。“State of the Salmon” の助言委員には世界的に著名なサケマス研究者が名前を連ねており、カナダからは生態学者のRichard Beamish、保全生物学者のEvelyn Pinkerton、ロシアからは資源学者のVladimir Karpenko、アメリカからは保全生態学者のPeter Moyle、遺伝学者のRobin Waple、環境保護専門家のPhil Mundy、日本からは、当淡水魚保護ネットの事務局長でもある北海道東海大学の帰山雅秀教授が委員になっています。

 さて、環太平洋の野生サケ類のモニタリングシステム構築のためのワークショップは1回目が平成15年2月24-25日にポートランド市内で、2回目が平成16年3月8-12日にポートランド市近郊のウェルチーズで開催されました(図1)。ワークショップの目的は環太平洋の野生サケ類とその生態系を保全するためのモニタリングデザインの構築とアクションプランを作成することに加えて、野外の調査手法、データ管理手法、データ解析手法について、過去の目録を作成して、共通の手法で調査ができるようにすることでした。このワークを通して、環太平洋内のそれぞれの生態系内に生息する太平洋サケ類を守るために、サケ類の持続的利用や生態系に起こる問題に対して、早い段階で警告を与える有効なモニタリングシステムを構築することがこれからの事業の目標となりました。
 そして、そのために必要な生物情報としてはまず、生物の分布を把握することが優先課題になりました。これは環太平洋の中の生息範囲が過去から現在までどのように変化してきたかという歴史的経過も含めて、最初に把握すべき情報といえます。次に遺伝情報で、生物が生きていくうえで遺伝的多様性の維持は重要な柱です。この点は国際自然保護連合(IUCN)の持っているノウハウを利用しながら進めることになりました。さらには、資源が維持するためには一定数以上の親の数が必要ですから個体群動態を基本としたモニタリングが必要で、そのために資源量と生産力(ここでは親の数に対する子供の数の割合で、1以上であれば、親子関係からは資源の減少はおきない。)を把握することになりました。これらの情報量がベンチマーク(臨界点、IUCN基準等)以下になる時期やトレンドをみつけることで、サケマスや生態系への危機を事前に探知して警告を発信しようというものです。


  さて、分布、多様性、資源量、生産力の傾向をモニタリングするめには調査範囲の定義が必要です。ある国の研究者は遺伝情報に基づく個体群(Sub population) レベルの生息エリアがモニタリングの範囲であると主張し、またある国の研究者は、遺伝情報が少なく、さらに実際の行政管轄圏の範囲から始めたほうが公的機関の協力が得やすいと主張しました。Wild Salmon Centerは海洋物理や地理情報に基づく4つのEcoregion (生態系区分)レベルを設定し、当初はもっとも細分化されたLevel 4 で分割された67地域をベースにしたモニタリングを展開しようと提案しました(図2参照)。しかし、地理的な情報に加えて、生物遺伝情報や行政管轄圏なども考慮する必要性が生まれたことから、Ecoregionとは別に実際のモニタリングを行う上で実効性のあるレベルとして3段階に区分し、関係機関との調整を進めています。
 新たなモニタリング範囲であるレベル1は生物情報が非常に少ない場合の区分で、種(Species)あるいは地域個体群(Regional population:アムール川、コロンビア川などの大規模河川の個体群)を生物単位として、空間的にはEcoregionのレベル1(北極海と太平洋の2区分)が対応します。レベル2ではメタ個体群(Meta population)を生物単位として、空間的にはEcoregionのレベル4(67地域)が対応します。具体的には、アムール川での夏サケと秋サケのような産卵時期の異なる集団やコロンビア川での中流域のニジマスとその他といった地理的に分離可能な集団などです。さらに、モニタリングのレベル3になると、支流単位での亜個体群(Sub population)にまで細分化されます。
 現在、2006年からモニタリングを開始するための準備が進められており、第一段階としてそれぞれの国で、一つのBMU(生態系単位)と関連して、種毎にモデルケースとなるモニタリング手法を開発することになっています。そのためにはそれぞれの生態系単位に応じた調査手法を完成させ、その手法を使って、どこの組織が実施し、そのデータをどのように管理するかなどモニタリング戦略を提案することが、現在の ”State of the Salmon”のリーダーであるXan博士にとっての最優先課題といえます。

 さて、それでは日本、あるいは北海道のサケ類のモニタリング事情はどのようなものでしょうか? サケやカラフトマスは資源として豊富ですが、孵化場魚が主体です。したがって、モニタリングも孵化場魚を中心としたシステムであり、これは 独立行政法人さけます資源管理センターや北海道が中心となって進められています。遡上数、沿岸漁獲、来遊数、繁殖形質、年齢組成などの資源情報をモニターする資源生物モニタリング、孵化場別生産数, 河川別放流数, 採卵時期別放流数, 放流サイズなど種苗法流モニタリング、降海後の稚魚や餌環境に関する初期生活史モニタリングが行われています。これらの情報は1995年以降、さけます資源管理センターからサーモンデータベースとしては発行されています。また、遡河性であるサケ類の場合、産卵や卵稚仔魚が生息する陸域の環境上をモニターすることも重要で、“State of the Salmon” ではGISのマッピング情報も構築しようと考えています。現在、北海道では道の環境科学研究センターが中心となって単なる地理情報だけでなく、それに生物情報を重ねて全体として動植物情報をGISに搭載させる作業を実施しています。詳しくはホームページを参照してください。


 さて、北海道には野生のサケの仲間たちがいます。サクラマスがそうです。資源的にはサケ、カラフトマスに比べると非常に少ないのですが、野生のサクラマスは生息しています。北海道にはサクラマスの保護を目的とした32の保護水面河川があり、この中には孵化場魚が一度も放流されていない河川も存在します。保護河川では調査内容は少ないのですが毎年あるいは隔年でモニタリング調査を実施しています。それ以外の一般河川では、河川工事前の影響調査や大学の生物調査など不定期な調査で集められたものがほとんどで、資源のトレンドを把握するような調査はほとんど行われていなのが実情です。
 また、サケ科最大の淡水魚であるイトウはほとんどが野生魚です。生活史を通して川への依存度が強いこともあり資源的には非常に危機的な状況にあり、国のレッドデータブックでは絶滅危惧種IB、北海道では絶滅危機種に指定されています。この辺の事情は、第3回目の淡水魚フォーラムの川村洋司さんや5回目の針生勤さんの要旨を参考にしてください。また、Wild Salmon Centerも北海道のイトウに関心を示しており、オレゴン州のWelchesで開催された2回目のワークショップでは現在北海道環境科学センターの特別研究員をしている江戸さんが北海道のイトウの現状を紹介し、外国の研究者から多数の質問を受けていました。この貴重な北海道の在来種であるイトウについてもモニタリングはもちろん、保護対策もほとんど取られていないのが実情です。
このように、世界ではNGOが中心になって野生サケ類を守るための生物および環境モニタリングのシステムが構築されようとしています。一方で、日本では絶滅の怖れのある種をレッドデータブックとしてリストアップする作業は進んでいますが、モニタリングのシステムは少なく、野生のサケの仲間ではほとんどないのが現実です。淡水ネットではこれからも、引き続きWild Salmon CenterやState of the Salmon事業を応援するとともに、連携して北海道の淡水魚と自然生態系の保全につとめたいと考えています。

なお、詳しい事業内容を知りたい人は、
http://www.wildsalmoncenter.org/http://www.stateofthesalmon.orgにアクセスしてみてください。